【Vlogと編集後記】筋肉女子、スキーの帰りにヤバい温泉を見つけた

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編集後記

今年の1月2月は、鬱が本当に苦しかった。あたたかくなるのを心待ちにしながら、なんとなく「ドクターコトー診療所」や「グッドドクター(米版)」を全話見返してしまったりした。Youtubeの編集をしなくては!と思うたび、11月からため込んだ草津動画等の負債のことを考えると苦しくなってしまうため、いったん新しい動画をすぐにあげることでリハビリにしようと思う。

やっぱり気持ちには賞味期限があるんだなと思った。

もともと冬季鬱はあったけど、今年悪化した原因は、どう考えても父の死だった。この冬、わたしはずっと、グズっていた。父のいなくなった人生が気に食わず、家でクッションを叩きながら泣いていた。児童に戻ってしまった心を抱えて、大人になってから出会った人と会うのがつらく、引きこもった。わたしの中で、7歳のわたしがずっと泣き叫んでいた。自転車で一緒に出掛けたのに、父に置いて行かれたあの日の坂道から叫び続けていた。

また置いていったのかと。

泣き叫ぶ小さなわたしの声が町中に響く気がした。あの坂道は、再開発でもうなくなっているのに。
父と暮らした町のすべてに、愛着があり、外に出るのが苦しかった。パン屋に、ショッピングモールに、公園に、思い出が染みついて、死が目についた。

そんな街や、一緒に行った場所も、たった半年のうちに目まぐるしく変わっていった。父のお気に入りのTシャツ屋が閉店しドラッグストアになってしまったこと、ディズニーランドのスターツアーズには新キャラがどんどん増えていること、ウィキッドが物凄いクオリティで映画化したこと、父が読んでいた「薬屋のひとりごと」の新刊が出たこと、すべて父は見ることがなかったんだと、悔しく思う。

一方で、わたしの時間は、あの日で止まったわけではなく、進んでいるのだということも実感している。

少しずつ春が訪れ、身体が動くようになった矢先に怪我をして、筋トレすらままならなくなってしまって正直またちょっと落ち込んだけれど、それでも、外に出られてよかったし、父の知らないわたしの人生がちゃんと走り出したんだという気がした。

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